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よこりりA’s:その11

その11

海鳴の中心市街からほどなく離れた住宅街に、その一戸建てはある。つい数ヶ月前までは車椅子の少女がひとり暮らしをしていた。ひとりで住むにはあまりにも広い一軒家であったが、今では新しい家族が一緒に住んでいる。以来、少女が心からの笑顔を見せるようになったというのが、ご近所のもっぱらの評判である。

その笑顔は、護らなくてはならない。しかし笑顔を護るためには、少女の願いに反した行動を取らなくてはならない。だがそれは、少女の笑顔を間違いなく曇らせる。しかし近い将来、間違いなくその時は来る。そしてそれは避けることができない。シグナムはそのことを感じ取っていたがために、決して少女に見せることのない険しい表情を浮かべていた。しかも窓ガラスに映る自分の表情は、自嘲気味でもあった。

「……シグナム」

そんなシグナムに声をかける者がいた。声の位置はシグナムよりも下、おおよそ腰の当たり。そこにいたのは、蒼を基調とした一匹の大型犬、もとい狼。

「ザフィーラか」

シグナムは声のした方にちらりと視線を遣るものの、再び窓の外を見る。

「険しい表情をしているな、シグナム。やはり、気になるか」

シグナムに声をかけたのは、その狼。

「……ああ」

一拍置いてシグナムは返答する。

「ここ数日感じる変な気配。いくつかは私たちが片づけたが……それでもまだ完全に消えたわけじゃない。というより、数は減っていない。むしろ増えていると言っていいぐらいだ」

その気配を感じ取ったのは、偶然だった。“正体不明”は、異世界での蒐集行為を終えてこの世界に転移してきた場所に、たまたまその場にいたのである。その反応は不自然さに満ちあふれていたがためにすぐさま攻撃し、気配を消し去ることに成功した。

「正直、正体がわからない。最初は管理局かと思ったが、奴らではない」

シグナム達が感じ取れるのは気配だけだった。何度も相手にしてきているが、それがどのようなカタチをしているかすら不明である。それでも魔法によるものならば、いくらでも解析可能であった。だが、相手は魔法ではない力を使っていたために、解析にまで至っていない。第一、魔法を文明の基礎におく次元世界、その守護者を任ずる時空管理局が、魔法以外の力を使うことは考えにくかった。そもそも魔法以外の力があることを認識しているかどうかすら、怪しい。

「目的は監視か観察か偵察か知らんが、とにかく情報を集めることなんだろう。そうでなければ、今頃激しいことになっているはずだからな」

ザフィーラの言葉に、シグナムは頷く。気配を感じ取れれば対処はできること、相手に攻撃の意志がないことは幸いであった。そうでなければ、いかなベルカの騎士と言えども何度も遅れを取っていた恐れがあろうし、手酷いダメージを受けることもあっただろう。

「そうだな。しかし、アレを片づけた途端、まさか燃えるとは思わなかったが……」

自然のものとは違う、しかも魔力に似た気配を持つその存在は、幸いにしてあっさりと撃退することができた。だが、気配が消える時にいきなり発火したのには驚愕したものであった。

「最初は使い魔か守護獣かとも思ったが、それとも違う。何より、感じる力は魔力と言うには違和感を感じる。どちらかと言えば、公園で感じたときの力に近いな。たぶん、あれも霊力なのだろうな」

シグナムは上着のポケットから一枚の紙を取り出した。正体不明の気配を倒した後、かろうじて手に入れる事のできた痕跡。短冊状のその紙には、黒いインクで何やら文字や記号らしきものが書かれていた。シグナムは知らなかったが、それはまさに呪符と呼ばれるものであった。

「我らの知る使い魔・守護獣とは若干違うが、それほど遠い存在でもあるまい。となれば、ラインを辿ることもできるはず」

シグナム達は、確かにこの世界に来て以来熱心に情報を集めてきた。だが、全てを体系立てて集めているわけではないし、また集めることもできない。あくまでも表層的な情報収集に留まるため、オカルトについても通り一遍??つまりは新聞・テレビネタ??以上のことは不明である。とは言え、幸いにしてオカルト、あるいは霊能力と呼ばれるものと、次元世界の魔法・魔力とがある程度近しいことまではわかったため、既存の知識に基づいて類推することはできた。

「シャマルが動いているのだろう?」

シグナムは剣、ザフィーラは徒手空拳での戦闘を得意とするのに対し、シャマルは直接的な戦闘手段を持っていない。その代わり、場の解析や治癒などと言った後方支援に特異的な能力を発揮する。そのシャマルが霊力という魔力に近い感覚を知ったのだ。それだけで事態はだいぶ変わってくる。

「そうか」

シグナムは頷いて見せただけだが、ザフィーラにはそれだけで充分であった。

「これが使い魔であれ何であれ、我らが主に仇をなす可能性は高い」

シグナムは握り拳にさらに力を込める。

「主に仇を為すものは全力で排除する。守護騎士‐‐‐‐ヴォルケンリッターの名にかけて」

守護騎士ヴォルケンリッター。さまざまな世界で、さまざまな主に仕えてきた騎士集団。主を護ることがその役割であり、存在意義であるとも言えた。だがシグナムの言葉には、単なる守護騎士としての役割以上のものが込められている。

「そうだな。それは皆同じ気持ちだ。ヴィータも、シャマルも、そして私も」

さまざまな世界を、そして長い時間をかけて渡ってきた自分達がようやく手に入れたもの。望んでも叶えられなかったもの。手にすることはできないと諦めていたもの。何事にも代え難いもの。何より、それを与えてくれた主。

「主を護るためならば、何をもしよう。‐‐‐‐例え主命に背いてでも」

彼等の決意は固い。

 

「ただいま???」

「ただいま戻りました」

「帰ったぞ???」

玄関から聞こえる声が3つ。シグナムと同じ年頃と思われる、どこかほわほわした感じの口調が1人。そして、どこか幼い、小学生ぐらいの少女の声が2人。その声を聞いたザフィーラはシグナムの下を離れ、ソファの側で身体を丸くする。振り返ったシグナムの視界には、車椅子に座った少女と、その車椅子を押している女性、そして車椅子に付き添っている少女が入ってきた。

「戻られましたか、主はやて」

主はやてと呼びかけられたのは、車椅子に座っていた少女‐‐‐‐八神はやて。

「今日は寒いからお鍋ですって」

そう言ってにこりと笑うのは、車椅子を押している女性‐‐‐‐シャマル。

「ふっふっふ、楽しみ楽しみ???」

それはそれは嬉しそうに笑うのは、はやてと同じ年ないし若干年下に見える少女‐‐‐‐ヴィータ。

「ヴィータ、家に入ったらちゃんと手を洗って、うがいせんとあかんよ? うちといっしょに行こうか?」

「ん、わかった」

ヴィータははやての声に素直に従い、揃って洗面所へと向かった。それを見送ったシャマルはシグナムの下へとやってくる。

「ヴィータちゃんも、ほんとはやてちゃんに懐いているわね」

「仕方なかろう。ヴィータぐらいの年齢であれば、本来ならば、な」

そう言ってシグナムは苦笑した。

「そうね。でも貴女もよ、シグナム。気が付いて?」

疑問符を浮かべるシグナムに、シャマルが苦笑する。

「こっちに来てからの貴女だって、今まで見せたことのない表情を見せてているわ」

シグナムは一瞬きょとんとした表情を浮かべるも、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。

「そうだな。全て主のおかげだ」

シグナムは、はやてと出会ってからの日々を思い出す。

 

八神はやてとヴォルケンリッターが出会ったのは、今から半年程前の6月。はやてが9歳の誕生日を迎えた日のことであった。

「あ、もう12時……」

ベッドで本を読んでいたはやてが確認した時間は、もう深夜と言うべき時間だった。小学生が起きているにはあまりにも遅い時間である。

「そろそろ寝ようか……」

灯りを消そうとベッドサイドのライトに手を伸ばしたとき、時計の長針と短針とが重なり、日付が変わる。異変が起きたのは、その時だった。はやての背後で、突然発光が始まったのである。

「え……」

振り向いたはやての目の前に、一冊の本が浮かんでいた。茶色の革表紙に金の剣十字の紋章が施されたその本は、物心着いた時にははやての書棚に入っていた本であった。しかし本は鎖と鍵とで厳重に封印されていたため、本の内容までを知っていた訳ではない。ただ綺麗な本だからと、ずっと本棚に置いていたのだ。

「え、え、え……」

はやては驚愕と恐怖の表情を浮かべる。なぜ本が発光し、あまつさえ浮かび上がっているのかはやてにはわからない。

だが、本はそのことに関係なくはやての前に下りてきた。まるで生き物のように激しく胎動し、やがて強引に鎖と鍵を引きちぎる。瞬間、白紙のページが舞い踊るのを、はやてはただただ呆然と見つめるだけだった。

≪封印を解除します≫

そんなはやての耳に、無機質な女性の声が聞こえてくる。

≪起動≫

その言葉と共にはやての中のリンカーコアが活性化し始める。

「あ、あ、あ……」

己の胸で発光するそれを前に、はやてはもはや声も出すことができない。

呆然とするはやてを横に、事態はさらに進む。発光体ははやてを離れると、はやての目の前に二重円圏でその内側に六芒星が記された不可思議な文様を展開したのである。そして閃光が消え去った時、はやては自分に躓く4人の男女を見た。驚愕の極地に達したはやてに、4人は告げる。自分たちは闇の書の守護騎士であると。目の前の少女‐‐‐‐八神はやてが闇の書の主であると。自分たちの役目は、闇の書の蒐集を行い、主を護ることにあると。

だがはやては、その言葉を最後まで聞くことなく、気絶した。まだ9歳の少女にとって、本が宙に浮き、4人もの男女が突然現れるということは想像の範囲外であったし、なによりリンカーコアの活性化は激しい疲れをも引き起こした。つまりは、許容範囲を超えてしまったのである。もっともそのときはパニックに陥ったはやてであったが、気絶から復活した後は至極あっさりと彼等を家族として受け入れた。これまでにない展開に、ヴォルケンリッターの方が慌てたぐらいであった。

 

夏の空は雲ひとつなく、星の瞬きが全天を覆っていた。

「星が綺麗やな、シグナム」

「はい」

はやては下半身の自由が利かない。そのため、車椅子で移動するか、シグナムに抱えられての移動が多い。

「あ……流れ星」

はやては一筋のきらめきを見つける。

「シグナム、知ってるか?流れ星が見えている間に願い事を3回唱えるとな、願いが叶うって言われてんよ」

「願い事……ですか」

「そや。本当やで。うちの願いは叶ったからな」

はやてはそう言ってくすりと笑った。

はやては、幼い頃に両親を亡くしている。今では顔を思い出すこともできず、アルバムの中で見るのみだった。だが、はやてがアルバムを開くことはなかった。

生活はと言えば、ヘルパーや主治医の石田医師が来てくれることはあるものの、基本的にひとり暮らしである。親族が居るわけでもなかった。生活を援助してくれる両親の友人はいるものの、その友人にも会ったこともない。事実上の天涯孤独であった。

そのはやての願いは、家族で仲良く、幸せに暮らしていくこと。子供の産める年になれば、さっさとそうしかねないぐらいに強い願いであり、焦りに近いものすらある。だが、願いは叶ったのだ。だから、はやてはシグナムを見て嬉しそうに笑う。

「主はやて……」

だがシグナムは、はやての願いが他にもあることを知っていた。自分の足で立つこと、歩くこと、そして学校に通うこと、友達がたくさんできること。だから、言ってしまう。

「本当に、よろしいのですか? 蒐集が完了すれば足を治すことも可能ですが……」

「いいんよ、シグナム。さっきも言ったやろ? シグナム達が来てくれて、うちはそれだけで充分や。うちが主の間のときだけでも、皆も闇の書のことなんか忘れてくれればええ」

心の底から嬉しそうな表情を浮かべて、はやてがシグナムに抱きつく。だから、シグナムはこれ以上何も言えない。

「誓います。騎士の剣にかけて」

ヴォルケンリッターにとって、蒐集行為は己の存在意義そのものと言ってよい。闇の書の主を護るというのは、はっきり言えば蒐集行為のついででしかない。だがこの世界に来てから、守護騎士は主の笑顔を護ることを己の存在意義に据えた。それは守護騎士としての新しい誓いであり、過去の呪縛をほどく第一歩でもあった。

しかし、事態は穏やかな日常を許さない。それが起きたのは、シグナム達がこの世界に来て4ヶ月余り経った10月のある日だった。はやての体調の急変とそれに伴う検査入院。その折りにシグナムとシャマルは、主治医の石田医師からはやての麻痺の急激な進行を伝えられた。同時に、内臓麻痺へと進行する懸念と、その結果としてはやての死という可能性も伝えられる。

はやての下半身麻痺は、医学上は原因不明の神経性麻痺として処理されている。だが、シャマルの見立ての結果、はやての麻痺は闇の書に起因することを知った。はやては闇の書の主になれるほどの魔力を持っているものの、リンカーコアが未成熟であったためにその魔力を制御することができない。そのズレが、肉体のみならず生命活動にまで影響を及ぼしていたのだった。いわば、闇の書の呪い。過去の呪縛の反逆とも言えよう。

「もっと早く気が付いていれば……」

シグナムは怒りに任せて壁を叩く。

「ごめんなさい……私がもっと早く気が付いていれば……」

シャマルは泣き崩れる。シャマルは治癒や結界と言った後方支援に秀でていた。自責の念は殊更に強い。

「我らにできることは、あまりにも少ない……」

守護騎士にできることは、基本的に戦うことのみである。シャマルは後方支援に秀でているものの、闇の書に起因する病気までは対応しきれない。ヴォルケンリッター自体が、闇の書に縛り付けられているためでもあった。

「どのみち我らにできることはひとつしかない」

それは、はやてから厳重に止められていたリンカーコアの蒐集。

「主が闇の書の真の主として覚醒すれば、病は消える。少なくとも、進みは止まる」

ザフィーラの言葉に3人は頷く。

「はやての未来を血で汚したくないから、人殺しはしない。でもそれ以外だったら何でもする!」

ヴォルケンリッター最年少のヴィータは、はやてと見た目の年齢が近いこともあり、はやてを姉のように慕っている。ヴィータにとって、はやては主であるということ以上の存在だった。
だからこそヴィータは、どのようなことをしてでもはやてを助けると決める。「……我らの不義理を、お許し下さい」

今の守護騎士にとって、はやてを護ることが全てだった。だから、はやてにあれほどまでに禁じられた闇の書の蒐集を行うことを決断するのだ。たとえそれが、主の命に背くものであっても。主の笑顔を曇らせると知っていても。

 

「シグナム」

ザフィーラの声に、シグナムは現実に引き戻される。

「……ザフィーラ。今夜私は、あの魔力もどきに仕掛ける。シャマルがだいぶ特定してくれたからな」

「勝てるか?」

ザフィーラの問いかけに、シグナムは溜め息を付く。

「……シャマルにも同じ事を訊かれたよ。正直、やってみなくてはわからん」

この世界は、次元世界とは違う力を発展させてきた。霊力と呼ばれるものが、自分たちの魔力に対してどのように働くのか、そして魔力が霊力に対してどう働くのか、見当すらつかない。だが、霊力を感知し、霊力で動いていた使い魔もどきを相手にすることができた以上、全く太刀打ちできないと言うわけではないのだ。

シグナムの見立てを聞いたザフィーラは、なるほどと頷く。

「そうか。ならばお前は負けないだろうな」

手も足も出ない、あるいは存在が根本的に異なるといったことではない以上、勝機はある。

「そうだな」

負けるわけにもいかないしな、と呟いた。

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