fc2ブログ

Entries

よこりりA’s:その8

その8

ベッドの中、アリサはゆっくりと目を覚ました。

「朝……」

窓から差し込む光が、アリサを急速に覚醒させる。

「疲れは……だいぶ取れているわね」

昨日帰ってきた時、安堵のためか一気に倒れ込んでしまった。気が付いたら夕食の時間になっていたことを考えると、緊張の糸は相当強かったらしい。しかもそれだけではなく、全身を酷使した後のような妙な肉体的精神的な疲れも強く感じていた。運動のそれと違うのは、身体を動かした後の爽快感に欠けること、である。

「ほんと、横島さんとほたるさんの言ったとおりなのかも」

海鳴臨海公園で、アリサは横島とほたるからいくつかの注意を受けている。そのひとつが、霊力に目覚めたての頃は、霊力と肉体とのバランスが取れず、疲労が溜まりやすいと言うことであった。そして、霊力に慣れる数日間はその状態が続くのだとも。もっとも、寝れば快復し、かつ霊力の底上げも期待できるというのは、救いである。

だが、横島が与えた注意はそれだけではない。

肉体的には疲労という形で出るが、霊的にはそれ以上の問題が生じる。霊力の急速な覚醒は、霊力の急速な消費を意味する。そのため、一日が終わる頃にはどうしても霊力の涸渇が起こりやすい。その結果、必要最低限の霊力までをも使い切ってしまうため、その隙をつかれて悪霊に取り憑かれる事故も往々にして起こる。横島がアリサに与えた精霊石には、アリサの霊能力を補佐するだけでなく、どうしても避けられない霊力涸渇時の隙を護るという意味合いもあった。

横島に言われたことを思い出しながら、アリサは膝を抱え込む。

「あたし、これからどうなるのかな……どうするんだろ……」

アリサの悩みは深い。前向きにはなりたいけど、なりきれないところがもどかしい。

「まあ、考えても仕方ないけど。パパの言うとおりにした方が良い、のかな?」

アリサは夕べの出来事を思い出した。

 

「えっと、話があるの」

アリサのこの一言により、昨晩、バニングス家はパニックに襲われる。一人娘のアリサが事もあろうに悪霊に襲われ、しかも霊能力すら目覚めたであろうことが、アリサと鮫島の口から両親に伝えられたためであった。アリサの話を聞いた母は狼狽し、父は険しい表情を見せていた。

「まさか、巻き込まれたのか?」

「巻き込まれたって?」

アリサは父デビットの呟きに反応する。

「いや、な」

デビットは言葉を濁すも、娘にはそれなりの真実と心構えを伝えるべきなのだろうと思い直した。

アリサの実家バニングス家は日米を股にかける一大企業グループの創業者家である。売分野も手広いため、競合する同業他社はもちろんのこと、利害関係の絡む異業種他社までもが数知れずである。真っ当な恨みから逆恨みまで、騒動のネタに事欠かなかった。

そのため、企業としてのバニングスはもちろんのこと、創業者家としてのバニングス家は、常になにがしかの犯罪に巻き込まれる危険性が高い。その中には、当然オカルト犯罪・オカルトテロと呼ばれるものも含まれる。

もっとも、デビットにとって、脅し、逆恨みなどから娘が狙われることは想像の範囲内である。手段もまた、襲撃から誘拐といったある意味伝統的とも言える物理的なものから、オカルト的なものまでを想定している。そのための対応手段も構築している。

だが、物理的なものはまだしもオカルト的なものとなるとあまりにも範囲が多岐にわたってしまうため、対応を立てるのが非常に難しいという問題がある。そのため、デビットは、オカルトに関しては呪いに対する対策だけを施すことにした。呪いによる病気や怪我、死などは、ある意味王道とも言えるためでもある。

デビットからそのことを聞いたアリサは、大きな溜め息を付く。ぎゅっと握りしめた手には、じんわりとした汗を感じていた。

「まさかこれがそうだったとは思わなかったわ……」

アリサは手首に巻かれたブレスレットに目を遣る。それは、小学校入学時に、デビットから送られた入学祝いであった。そして、それこそがオカルトアイテムであり、アリサを呪いから護るための役割を与えられていた。だがアリサにすれば今日初めて知らされた事実でもある。

もっとも、デビッドがそのようにしなくてはならない理由も何となく察していたため、今更大騒ぎする気にはならない。バニングスの名の重さは、どこへ行こうとも常につきまとっている。
学校ですら、そうなのだから。

「たぶん、それが触発になってしまったんだろうな」

それが本当にそうなのかはさておき、ひとつのきっかけになってしまったであろうとデビッドは考えている。護るための手段が却ってアリサを傷つけることになったかもしれないというのは、皮肉としか言いようがなかった。

「で、鮫島。アリサを助けたというゴーストスイーパーはどんな人物だ?」

さも当たり前のように、デビットは鮫島に声を掛ける。

「こちらに」

デビットの予想通り、鮫島はデビットに一通の封筒を差し出した。デビットは封筒から書類を取り出すと、さっと目を走らせる。

そして数分後。

「なるほど……ある意味ラッキーと言うべきなのかもしれんな」

デビットは大きく息を吐きながら、背もたれに深くもたれかかる。もっともその表情にはどことなく唖然としたものも含まれていたのだが、アリサはそこまで気づかなかった。

「どうして?」

だから、アリサはそう聞くしかなかった。実際、なぜラッキーなのかわからないのだ。

「そうだな……」

デビットはどこまで話したものやらと悩む。

書類には娘を助けたゴーストスイーパー‐‐‐‐横島忠夫の人となりが記されている。生年月日から学歴、家族構成、そして美神除霊事務所時代に関わった仕事と独立してからのこと。

それはまだ良かった。だが書類には、横島の性癖・奇行までもが含まれている。もちろん、時給も。さらにおまけで、美神除霊事務所の実態。もっともこれは横島の周辺ではあまりにも有名すぎる話であって、わざわざ調べるというほどのものでもなかったらしい。と言うよりも、美神所霊事務所時代のことを調べると、必然的に付いてくる内容であった。頭を抱えるのも宜なるかな、である。

そこでデビットはひとまず大筋のあらましだけを話すことにした。

「彼はだな……」

デビットの言葉に、アリサは耳を傾ける。そして、アリサの目はだんだんと丸くなっていった。

今日アリサを助けたゴーストスイーパー、横島忠夫。現在高校3年生。超一流として有名な美神所霊事務所の出身。現在、横島除霊事務所の所長。若干17歳にしてゴーストスイーパー資格を取得、今年8月に独立営業許可証を取得。高校在学中に独立を果たすことはさすがに珍しいが、資格取得事態は特筆すべきほどに珍しいと言うものではない。名門六道女学院高等部霊能科では、在学中に資格を取る者が少ないながらもいる。

むしろ特筆すべきは、ゴーストスイーパー資格を取る直前まで霊能力の“れ”の字もなかったことであった。そして、霊能力に目覚めた後の、すさまじいまでの能力の開花。そうならざるを得なかった事情があったとは言え、開花のあり方はもはや天賦と言って良いほどである。

横島の出身事務所である美神除霊事務所は、並のゴーストスイーパーなら返り討ちにされかねない依頼をいくつもこなしてきている。その中には時には国連手配の魔族や真祖の吸血鬼、関東を壊滅させかねなかった大妖怪までもが含まれている。横島は、まだ霊能力に目覚めていなかった時代から、そう言った強大な存在と渡り合ってきている。その関係上、本人の地力もまた、知らず知らずのうちに底上げされていたのだ。

美神所霊事務所、さらに言えばその所長である美神令子は超一流として名を知られているが、その超一流の仕事で生き残ってきた“丁稚”横島もまた、超一流と言えよう。

ゴーストスイーパー横島忠夫として特筆すべきなのは、その能力の開花だけではない。人界おける神界の出張所、修練場でもある妙神山での修行経験もあるということであった。妙神山は、ゴーストスイーパーや霊能力者、武芸者にとって垂涎と言える修行場である。人でありながら人を越えるほどの修練を望み、そのためならば命を失うことをも厭わない者だけが通える場であった。そのような修行場に何度も通い、滞在すらするという普通ならまずあり得ないようなことをしている。それはゴーストスイーパーを名乗る者にとっては、驚愕すべき出来事であった。

そして、魔族や大妖怪との戦闘経験、さらには妙神山で修行経験の帰結が、昨年起きたアシュタロス事件であった。美神所霊事務所は、かのアシュタロス事件解決の中心的役割を占め、その中でも横島の位置づけは非常に高いことは、それなりに知られている。もっとも具体的な内容については国家機密クラスのトップシークレット扱いである。真相をある程度押さえているのは、国家やオカルトGメン、GS協会の上層部ぐらいであった。

関東を襲ったという大妖怪、そしてアシュタロス事件のことはアリサの記憶にも生々しい。

前者の時は関東各地が大規模な地震に襲われ、巨大な植物が襲いかかってきている。幸い、海鳴市ではさほど被害は出ていなかった。

後者の時では、海鳴市もまた例外なく悪霊や妖怪に襲われている。幸い自衛隊やオカルトGメン、ゴーストスイーパーなどの活躍により大きな被害は受けなかったものの、それでもそれなりに人死には出ている。そのときの恐怖でいまだトラウマを抱える同級生も多い。

「……すごい人なのね」

アリサはぽつりと呟く。アリサが見た2人は、大きなリュックサックを背負った、どちらかと言えば間抜けな姿である。そんな姿と書類に書かれているような内容とは、とてもではないが結びつかない。

そんなアリサの表情に気が付いたのだろう、デビットは苦笑する。

「まあ、学生と言うこともあって、彼自身はあまり表に出るつもりはないようだが、オカルトGメンを中心に結構大変な依頼を受けてきているようだね。依頼の完遂率も結構高いらしい。まさに知る人ぞ知る、って感じだ」

書類、特に人となりの報告だけを見れば、デビットとて呆れざるを得ない。内容が嘘なのだろうとも考えざるを得ない。だが、それを本当だと思わしめる要素は、鮫島がきちんと調べてきたということに付け加えて、家族構成覧に目を遣った時であった。

「まさかここで見るとは思わなかったしな。これも血筋なのかね……」

デビットは思わず呟く。まさかここで、あの2人の名前を見るとは思わなかったのだ。デビットに限らず、経済関係者にとっては天敵にもなりかねない名前である。

「ほたるさんは?」

アリサは、横島の隣にいた銀髪の女性を思い出す。横島よりも若干年下であろうその少女に、アリサは人とは違うどこか神秘的な雰囲気を感じ取っていた。

「……これがよくわからないんだよ」

デビットは困惑の表情を浮かべる。

「わからない?」

「書類上は彼の義理の妹。GS協会には助手として登録されてる。彼のご両親はナルニアに居てな、そこでたまたま保護した孤児を娘として引き取ったらしい。去年のことだそうだ」

義理の妹、の言葉にアリサは首を傾げる。義理であれ何であれ、妹がなぜその兄をマスターと呼ぶのだろうか、と。マスターと言えば、要は主従関係が成立していることを意味する。間違っても家族間で使われる言葉ではない。

その疑問はデビットも同じだったようだ。そもそもが、なぜ“ほたる”という少女を保護し、家族としたのかという問題もある。言い換えれば、なぜ彼女でなくてはいけなかったのか、と言うことである。普段ならばそこまで疑問に思わなかっただろう。だが、あの2人の名前が、余計な深読みをさせてしまう。

「本当にわからないんだ。去年の事件の時に孤児なったとしてもおかしくないし、ただでさえナルニアは内乱で混乱が激しいから記録の残りがあまり良いとは言えない。書類上は何ら問題はないから、あまりつつくわけにもいかないけどな」

下手につついた場合、あの2人が出てきかねない。さすがのデビットと言えども、そして企業グループとしてのバニングスと言えども、あの2人を相手に回して無事で済むとは思っていない。敢えて藪をつつく必要はない。

「まあ、アリサを助けてくれた横島さんというのは、そんな感じさ。だから、ラッキーなんだ。アリサのアフターケアを頼もうかと思っている」

良くも悪くも、“横島”の名前は非常に重い。そう言った存在と接触を持てれば、それはそれでこの先も有益であろうとデビットは考える。

「アフターケア?」

「彼は、アフターケアも、ゴーストスイーパーの仕事だと言っていたのだろう?」

デビットは娘の胸元を飾る精霊石に目を遣る。だが、そのことを表に出す必要はない。あくまでもアリサのためであるべきだし、実際そちらの方が重要なのだ。

「いくら何でも精霊石をずっと借りているわけにもいかないし、アリサが目覚めてしまったのならその対策を立てなくてはならない。どっちにしてもお礼をする必要もあるし。なら、ついでに横島さんに頼もうかと思ってな」

ま、いくら女好きでもさすがに娘にまでは手を出すまいしなと呟く。数年後ならまだしも、今はまだ年齢的に守備範囲外なのだから。もっとも、数年後だって許しはしない。

「その時は士郎さんか恭也君に頼もうかな」

何やら剣呑な表情を浮かべる父に、娘は思わず後ずさった。

スポンサーサイト



この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)
http://mizuasa01.blog120.fc2.com/tb.php/17-863dcd1a

0件のトラックバック

0件のコメント

コメントの投稿

投稿フォーム
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

Appendix

カウンター

 

――――――――――――――

最近のトラックバック